1993年 | 栄光と八百長疑惑、剥奪されなかったトロフィー
マルセーユ1993年CL制覇——フランス唯一の欧州制覇とスキャンダルの闇
オリンピック・ドゥ・マルセーユは1993年のチャンピオンズリーグでACミランを1-0で下し、フランスのクラブとして史上初(かつ唯一)の欧州制覇を達成した。しかし同時期に八百長スキャンダルが発覚し、クラブは翌年にリーグ2部降格という前代未聞の制裁を受けた。
ベルナール・タピとドリームチームの構築
1980年代後半から90年代前半にかけて、マルセーユはオーナーのベルナール・タピのもとで急成長した。タピはフランス国内外から大金を投じて選手を集め、クラブを欧州レベルの強豪へと変貌させた。ディディエ・デシャン(現フランス代表監督)、ルーデ・フリット、アベディ・ペレ、ジャン=ピエール・パパンといった名手がマルセーユのユニフォームを纏った。
1993年のCLファイナル、相手は前年王者ACミランだった。試合はバジル・ボリのたった1ゴールで決まり、マルセーユが1-0で勝利した。フランス全土が歓喜に沸き、マルセーユは国民的英雄となった。
「VA-OM八百長スキャンダル」——栄光の直後の転落
しかし優勝の直後、衝撃的な事実が明らかになった。CLファイナルの直前に行われたリーグ戦、対ヴァランシエンヌ戦で八百長が行われていたというのだ。マルセーユの役員がヴァランシエンヌの選手に現金を渡し、「引き分けるよう」依頼したとされる(CL直前の消耗を避けるため)。
フランスの裁判所はこの八百長を認定し、マルセーユはリーグタイトルを剥奪され、翌シーズンのCL出場権も失った。さらに財政的な不正が続き、1994-95シーズンにはリーグ2部に降格という前代未聞の制裁を受けた。CLタイトルだけはUEFAが剥奪しなかったため、マルセーユは今もフランス唯一のCL王者として記録されている。
デシャン、アベディ・ペレ——それでも輝いた個の才能
スキャンダルに揺れたクラブの中にも、純粋な才能は確かに存在した。ディディエ・デシャンは当時からキャプテンシーと戦術眼で際立ち、後にユヴェントスとフランス代表でさらなる栄光を掴む。ガーナ出身のアベディ・ペレは「アフリカのマラドーナ」と称されたドリブラーで、マルセーユとアフリカンサッカーの架け橋となった。
マルセーユのスキャンダルは、サッカーとお金と腐敗の関係を赤裸々に示した事件として、今もフランスサッカー史上最大の「汚点」として語り継がれる。それと同時に、「1993年のあのチームは本当に強かった」という評価も消えることはない。栄光と闇が同居した、フランスサッカー史上最も複雑なページだ。