1988〜2002 | マルディーニ、ロナウド、ジダンが輝いた時代
セリエA黄金時代——1990年代、世界最高のリーグだった頃のイタリア
1990年代のセリエAは、疑いなく世界最高のリーグだった。マルディーニ、バレージのACミラン、デル・ピエロ、ピルロのユベントス、ロナウド、ロベルト・カルロスのインテル——欧州のスーパースターがこぞってイタリアを目指した時代の輝きと、その終焉を振り返る。
「カルチョ」という文化が生んだ最強リーグ
1980年代後半から2000年代初頭にかけて、セリエAは世界のサッカーの中心だった。その理由は戦術的な洗練さにある。守備組織の緻密さ、プレッシングの実践、そして個人技術の高さ——イタリアのサッカー文化「カルチョ」は、他のリーグが10年後にようやく追いつくような概念を先取りしていた。
ACミランはアリゴ・サッキ監督のもと、ゾーンプレスという当時革命的な守備戦術を導入。バレージ、コスタクルタ、マルディーニのDFラインはほぼ無失点で欧州を制した。ユベントスは堅守速攻に個人技を加えた「カウンターのアート」でCLを制覇した。
この時代のセリエAには、世界中から最高の選手が集まった。ロナウド(ブラジル)、ジネディーヌ・ジダン、エドガー・ダーヴィッツ(オランダ)、カレル・ポボルスキー——国籍を問わず「世界最高の選手はイタリアでプレーする」という常識があった。
各クラブの黄金期と名勝負
ACミランの1988〜1990年代は、CL2連覇(1989・1990年)と欧州で最も恐れられたチームとしての地位を確立した時代だ。フランク・ライカールト、ルート・フリット、マルコ・ファン・バステンのオランダトリオが中心となり、守備と攻撃が一体化した理想的なサッカーを体現した。
ユベントスは1990年代中盤、デル・ピエロ、ビアリ、ラバネッリ、ソウザらが揃いCLを制覇(1996年)。その後カルチョポリ問題(2006年)で一度崩れるものの、その時代に示したサッカーの質は欧州屈指だった。
インテルは1997〜1998年にロナウド(ブラジル)を獲得し、UEFAカップを制覇。ミラノダービーはこの時代、「世界最高の試合」のひとつとして毎回注目を集めた。
なぜセリエAは「落ちた」のか
2000年代半ば以降、セリエAの地位は相対的に低下した。カルチョポリスキャンダル(2006年)が信頼を失墜させ、イングランドのプレミアリーグが放映権収入で圧倒的な差をつけ、スペインのリーガはメッシとロナウドで世界の注目を独占した。
経済的な格差が拡大する中でセリエAは有力選手を引き留めることが困難になり、「世界最高の選手が集まるリーグ」という地位をプレミアに譲った。
しかし2010年代後半から、インテルとミランへの大型投資、ユベントスのロナウド獲得(2018年)など、復活の兆しも見え始めた。カルチョの精神——守備の美学と戦術的洗練——は今も生きている。あの黄金時代を知る者にとって、セリエAは常に「世界最高のリーグになり得る場所」として映っている。