2012〜2019 | プレミアで最も愛されたドリブラーの7年間
エデン・アザール——チェルシーで輝いた「ベルギーの魔術師」
エデン・アザールはチェルシーで7年間プレーし、プレミアリーグ史上最高のドリブラーの一人として評価された。ベルギー人として初のPFA最優秀選手賞を受賞し、2018年W杯では母国を3位に導いた。その後レアル・マドリードへ夢の移籍を果たしたが、怪我に苦しんだ晩年との落差が彼の輝きをより鮮やかにする。
リールからチェルシーへ——プレミアを制した即戦力
エデン・アザールは1991年、ベルギーのブレーヌ=ル=コントに生まれた。兄弟全員がプロサッカー選手という一家の三男として育ち、リールで頭角を現した後、2012年にチェルシーへ移籍した。
移籍1年目からプレミアリーグで存在感を示し、2014-15シーズンはリーグ最優秀選手賞(PFA・FWA両方)を受賞。29ゴール・18アシストという数字は、ドリブラータイプの選手としては異例の高さだった。
アザールのドリブルは低重心の姿勢から来る安定性と、細かいタッチで相手の体重移動を読む技術の組み合わせだった。防ぐ側の選手は「体の向きを先に読もうとするが、アザールは体と足の向きが一致しない」と証言している。つまり相手が動いた方向とは逆に動ける、という「デセプション(欺き)」の能力が群を抜いていた。
モウリーニョとの確執と復活
2015-16シーズン、アザールはスランプに陥った。モウリーニョ監督との関係が報じられ、チームも不振。この年はリーグ戦で4ゴールという低調なシーズンだった。
しかし翌年、コンテ監督が就任するとアザールは復活した。コンテの3-4-3システムの左ウィングに据えられたアザールは、16ゴール以上を記録してチェルシーのプレミア優勝を牽引した。「システムが合うとこれほど変わる」という見本を示した。
2018-19シーズンにはヨーロッパリーグ制覇にも貢献し、チェルシーでの集大成となるシーズンを送った。EL決勝でのアザールのパフォーマンスは、7年間の有終の美を飾るものだった。
マドリードの夢と怪我の代償
2019年夏、アザールは長年の夢だったレアル・マドリードへ移籍した。移籍金は約1億ユーロ。しかしその後のマドリードでの4年間は、怪我との戦いに終始した。足首の骨折を繰り返し、まともにシーズンを過ごせたのはほとんどなかった。
2023年6月、アザールは現役引退を発表した。マドリードでのキャリアはチェルシー時代の輝きとあまりに対照的だった。
しかしチェルシーでの7年間、アザールが見せたものは本物だった。あのドリブル、あの笑顔でボールを持つ姿は、スタンフォード・ブリッジの観客だけでなく、プレミアリーグ全体を魅了した。「最高の状態のアザール」は、同時代のプレミアリーグ史上最も見ていて楽しい選手の一人だったと、多くのファンが今も証言する。