1990年代〜2000年代 | フィオレンティーナの英雄

ガブリエル・バティストゥータ——アルゼンチンが誇る「バティゴール」の轟音

2025年4月約7分
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Hara Tech 編集部

欧州サッカー専門メディア「ultrasrei.com」編集部。プレミアリーグ・ラ・リーガ・セリエAを中心に、戦術・歴史・選手考察を発信。

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ガブリエル・バティストゥータはアルゼンチン代表として長年歴代最多得点記録を保持し、フィオレンティーナでは神様扱いを受けた伝説のストライカーだ。パワフルなシュートと献身的な姿勢で、サッカー史上最高のFWの一人として記憶されている。

フィオレンティーナへの愛——降格しても残留

バティストゥータはフィオレンティーナが1993年にセリエBへ降格した際、複数のビッグクラブからのオファーを断ってクラブに残留した。「フィオレンティーナがここまで来られたのは自分のおかげでもある。降格したからといって去るのは間違っている」という言葉は今も語り継がれている。

フィレンツェの市民は今もバティストゥータを「最も偉大なフィオレンティーナの選手」として崇拝している。

アルゼンチン代表での伝説

1994年W杯グループリーグのギリシャ戦でハットトリック、1998年W杯でも活躍——バティストゥータはW杯で通算10ゴールを記録し、アルゼンチン代表歴代最多得点記録(当時)を保持した。その後メッシに記録を更新されたが、バティストゥータの記録が30年以上破られなかった事実がその偉大さを示している。

現役引退後も足首の激痛が続き「切断を考えたこともある」と告白した彼の体への代償は、献身的なキャリアのすべてを語っている。