1986年メキシコ | 一人の天才が書き換えたW杯の歴史
マラドーナの1986年W杯——「神の手」と「5人抜き」が生んだ永遠の伝説
1986年6月22日、メキシコシティのアステカ・スタジアム。ディエゴ・マラドーナはイングランドとの準々決勝でわずか4分間に、サッカー史上「最も論争的なゴール」と「最も美しいゴール」を続けて決めた。どちらのゴールも、半世紀近く経った今もあらゆる場面で語り継がれている。
「神の手」——審判を欺いた4分間の前半
前半51分、マラドーナは左手でボールをゴールに押し込んだ。審判はゴールを認め、イングランドは猛抗議したが覆らなかった。試合後、マラドーナは「あれは少し私の頭、少し神の手で決まったゴールだ」と語り、「神の手(Hand of God)」という言葉がサッカー辞典に刻まれた。
フォークランド紛争(1982年)でアルゼンチンとイングランドが戦火を交えてから4年。マラドーナにとってこの試合は単なるサッカーの試合ではなかった。後年「あれは戦争への復讐だった」と語っている。審判の見落としを利用した行為は批判されたが、マラドーナはそれを「勝者のずる賢さ」と捉えていた。
「5人抜き」——4分後に訪れた「世紀のゴール」
「神の手」からわずか4分後、マラドーナは自陣でボールを受けると、イングランドの選手5人をドリブルで次々と抜き去り、GKまで交わしてゴールを決めた。この距離にして約60メートル、わずか10秒間の出来事だった。
後に行われた投票で「20世紀のW杯ベストゴール」に選ばれたこのゴールは、「5人抜き(Goal of the Century)」として永遠に語り継がれている。マラドーナがピッチの上で見せた「ずる賢さ」と「絶対的な美しさ」——この二つが同じ試合の同じ選手から4分間に生まれたことが、1986年W杯という大会の特別さを象徴している。
アルゼンチンはこの大会で優勝し、マラドーナは大会MVPを受賞した。26歳の一人の男が世界中のサッカーファンに「神に近い人間がいる」と信じさせた大会として、1986年W杯は永遠に特別な輝きを保っている。
マラドーナという現象——サッカーを超えた存在
ディエゴ・アルマンド・マラドーナは1960年、ブエノスアイレスの貧しい地区ビジャ・フィオリートに生まれた。幼少期から神童として知られ、15歳でアルゼンチン最高峰のリーグに出場。その後バルセロナ、ナポリへと渡り、どこでも絶対的な存在として輝いた。
ナポリでは1987年・1990年とスクデットを2度制覇。南イタリアの貧しいクラブが北の豊かなクラブを打ち負かすことで、マラドーナはナポリの人々の「英雄」となった。現在もナポリの街にはマラドーナの壁画が至る所にある。
2020年11月25日、マラドーナは60歳で亡くなった。アルゼンチン全土が3日間の喪に服し、ブエノスアイレスの大統領府には何万人もがお別れに訪れた。「神の手」と「5人抜き」——二つのゴールは彼が去った後も、サッカーという競技の可能性と限界を語り続けている。