1993〜1995 | ドリームチームの「9番」が残した65ゴール

ロマーリオ——バルセロナが愛した小さな点取り屋の芸術

2026年5月約7分
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Hara Tech 編集部

欧州サッカー専門メディア「ultrasrei.com」編集部。プレミアリーグ・ラ・リーガ・セリエAを中心に、戦術・歴史・選手考察を発信。

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身長167cmの小柄な体躯で、ゴール前に立てば世界最高のストライカーになった男——ロマーリオ。ヨハン・クライフ監督のバルセロナに加入した1993-94シーズン、ストーイチコフとのコンビでドリームチームを牽引し、リーガ制覇と1994年W杯でのブラジル優勝に貢献した。

クライフが求めた「ゴールの嗅覚」

1993年夏、ヨハン・クライフ監督はPSVアイントホーフェンからロマーリオを獲得した。クライフが求めたのはシンプルだった——「ゴール前でボールを受け、決める選手」。ロマーリオはそれを体現した。走るのは速くなく、守備もほとんどしない。しかしゴール前の嗅覚と技術は人類の歴史でも指折りの水準だった。

加入初年度のリーガでロマーリオは33試合30ゴールを記録。ブルガリア人FWストーイチコフとの「ロマストイ」コンビは、その年のバルセロナを「ドリームチーム最後の輝き」と呼ばれる高みへと押し上げた。

1994年W杯——ブラジル24年ぶりの頂点

1993-94シーズン終了後、ロマーリオはW杯に臨んだ。アメリカ大会でブラジルは24年ぶりの優勝を飾り、ロマーリオは5ゴールで大会MVPを受賞した。決勝のイタリア戦はPK戦での決着となったが、ロマーリオは大会を通じて圧倒的な個人技とゴール感覚を披露した。

この年のロマーリオはバロンドールを受賞している。しかしバルセロナでの2年目は故郷ブラジルへの望郷の念から集中力を欠いたとされ、1995年に退団。バルセロナでの65ゴールという記録はわずか2シーズンで積み上げたものだ。「もし完全にコミットしていたら」と言われる典型的な天才の物語でもある。