1978〜1989 | 煙草と酒とサッカーと民主主義を愛した「博士」
ソクラテス——医師にして哲学者、ブラジルが生んだ最も「人間的な」天才
医学の学位を持ち、煙草を吸い、政治活動に参加しながらブラジルリーグの得点王になった選手——ソクラテスは「プロサッカー選手」という枠に収まらない存在だった。1982年のW杯で世界を魅了したブラジルのキャプテンは、ピッチでも社会でも「自由」を追求し続けた。
医師でありプロ選手——二つの顔を持つ天才
ソクラテス・ブラジレイロ・サンパイオ・デ・ソウザ・ヴィエイラ・デ・オリベイラ——長い本名を持つこの男は、コリンチャンスでプレーしながら医学の学位を取得した。煙草を吸い、アルコールを嗜み、「プロアスリートらしくない」生活を送りながら、180cm以上の長身とテクニックでブラジルリーグを支配した。
「規律や制限は創造性を殺す」というソクラテスの哲学は、練習でも体現された。彼は「選手は自らの意志で練習すべきだ」と主張し、コリンチャンスで民主的な運営(「コリンチャンス民主主義」)の実現に動いた。選手・スタッフ・職員が対等に意思決定に参加する仕組みを作り上げた。
1982年W杯——世界が惚れたブラジルの「芸術サッカー」
1982年のスペインW杯、ジーコ、ファルカン、ソクラテス、セレーゾという「黄金の中盤」を擁するブラジルは大会最高のサッカーを披露した。4-2-2-2という攻撃的なシステムで次々とゴールを決け、グループリーグを全勝で通過した。
しかし二次リーグでイタリアのパオロ・ロッシ(大会得点王)に3ゴールを決けられ、2-3で敗退した。ブラジルが優勝したW杯ではなく敗退したW杯だったにもかかわらず、1982年のブラジルは「W杯史上最高のチーム」として語られることがある。それほどまでに、ソクラテスたちのサッカーは美しかった。
「勝つことより良いサッカーを」——哲学者が遺したもの
ソクラテスは晩年もアルコールへの依存を続け、2011年12月に57歳で肝不全のために亡くなった。その死を悼んで、ブラジル中のサッカーファンが泣いた。
「私は結果よりもプロセスを信じる。勝利は一瞬だが、良い試合の記憶は永遠だ」——ソクラテスの言葉はサッカーの枠を超えた哲学として今も語られる。プロアスリートとしての常識を破り、「人間としての自由」を最後まで貫いたこの男は、ジーコやロナウドとは異なる次元でブラジルサッカーの象徴となっている。