1996〜2011 | インビンシブルズの心臓

パトリック・ヴィエラ——アーセナル黄金期を支えた「戦士」の君臨

2025年3月約7分

2003-04シーズン、アーセナルはプレミアリーグ38試合を無敗で制した。「インビンシブルズ(無敗軍団)」と呼ばれるこのチームの中心にいたのが、パトリック・ヴィエラだ。フィジカルの強さ、リーダーシップ、得点力——すべてを兼ね備えた彼は、プレミアリーグ史上最も完成されたボランチの一人だった。

セネガルからパリ、そしてロンドンへ

パトリック・ヴィエラは1976年、セネガルのダカールに生まれた。幼少期にフランスへ移住し、カンヌのアカデミーでサッカーを学んだ。10代から際立ったフィジカルと技術を持ち、ACミランのユースにも所属したが、トップチームへの昇格は果たせなかった。

1996年、ヴェンゲル就任直後のアーセナルへ移籍。この決断が彼の人生を変えた。アーセン・ヴェンゲルはヴィエラの才能をすぐさま見抜き、ボランチの絶対的主軸として据えた。

プレミアリーグでのヴィエラは別格だった。188cmの長身から繰り出す刈り取りタックル、長い脚を活かしたインターセプト、そして正確な縦パスと攻撃参加——守備も攻撃も一人でこなす「完全体ボランチ」として、リーグ全体に君臨した。

無敗優勝——インビンシブルズの核心

2003-04シーズン、アーセナルは開幕から最終節まで一度も負けることなくプレミアリーグを制した。リーグ戦38試合26勝12分0敗という記録は、21世紀のサッカーで最も偉大な偉業の一つとして今も語り継がれている。

このチームにはアンリ、ベルカンプ、ピレスという攻撃の天才たちがいたが、彼らが輝くためにはエンジンが必要だった。そのエンジンこそがヴィエラだった。中盤でボールを奪い、パスをつなぎ、時にはゴールまで奪う——彼の存在がなければ、インビンシブルズは成立しなかった。

ヴィエラ自身もこのシーズンに11ゴール・14アシストという驚異的な数字を残している。ボランチとしては破格のスタッツであり、攻守両面での貢献度の高さを数字が証明していた。

2006年W杯、PKで歴史を決めた瞬間

クラブでの輝かしいキャリアに加え、ヴィエラはフランス代表でも重要な役割を果たした。1998年W杯での優勝、2000年欧州選手権での優勝と、フランスの黄金期を支え続けた。

2006年ドイツW杯準々決勝、ブラジル戦。ヴィエラはこの試合で先制ゴールを挙げ、フランスを勝利に導いた。その後決勝まで駒を進めたフランスは、ジダンの退場もあってイタリアにPK戦で敗れた。

アーセナルを去った後はユベントス、インテル、マンチェスター・シティでプレー。どのクラブでもその存在感は際立っていたが、ヴィエラとアーセナルの関係は特別なものとして永遠に語られる。現役引退後は指導者の道を歩み、クリスタル・パレスやNYシティなどで監督を務めている。