1996〜2007 | ベルナベウが震えたブラジルの砲弾
ロベルト・カルロス——「フィジカルの法則」を破ったLBの伝説
1997年、フランスとのフレンドリーマッチでロベルト・カルロスが放った無回転フリーキックは、物理的に「あり得ない軌道」を描いてゴールに吸い込まれた。あの一撃が、彼を永遠の伝説に変えた。しかしその華やかなキャリアの本質は、攻撃だけではなかった。
170cmの左足爆弾
ロベルト・カルロスの体格は、サッカー選手として決して恵まれていたとは言えない。身長170cm、体重68kg。しかし彼の左腿の筋肉は異常なほど発達しており、そこから生み出されるシュートの威力は、当時世界最高のGKたちでさえ止めることができなかった。
インテル・ミラノからレアル・マドリードに加入した1996年、ファブリシオ・カペッロ監督のもとで彼は即座にスターターの座を獲得した。その後11年間、ベルナベウのLBポジションは彼のものだった。11年間で同じポジションに君臨し続けた選手は、現代サッカーでは極めて稀だ。
1997年の「不可能なFK」——物理学者が解明できなかった軌道
1997年6月3日、フランス対ブラジルのフレンドリーマッチ。前半終了間際、ゴールから約35mの位置でブラジルはFKを得た。壁から大きく外れた位置に助走を取ったロベルト・カルロスが、左足の外側で蹴り出したボールは、一瞬明らかにゴールポストの外へ向かった。
しかしそのボールは、不思議な弧を描いて急激に曲がり、GKバルテズの右脇をすり抜けてゴールネットを揺らした。スタジアムは沈黙した後、爆発的な歓声に包まれた。バルテズ本人も腕を上げて「どうすることもできなかった」とジェスチャーを見せた。
この映像は後に空気力学の研究者たちの間で分析対象となった。ボールに与えられた強烈なサイドスピンが、「マグナス効果」によって急激な曲線を生み出したことが解明されたが、それほどのスピンを意図的に与えられる選手は、世界中でロベルト・カルロス一人だけだった。
「攻める左SB」という概念の発明者
ロベルト・カルロス以前、LBは「守備専門」のポジションだった。彼の登場により、左SBは攻撃の起点にもなれるという新しい概念が生まれた。彼が高い位置を取り、オーバーラップからクロスを供給する——このスタイルは現在では当たり前だが、1990年代には革命的だった。
マルセロ、アシュリー・コール、アルナウトヴィッチ——その後に登場した攻撃的SBたちは、多かれ少なかれロベルト・カルロスの影響を受けている。彼がポジションの「定義」を変えたのだ。
ガラクティコスの一員として刻んだCL制覇
ロベルト・カルロスはレアル・マドリードの黄金期を丸ごと生きた選手だ。ジダン加入前も、ガラクティコス全盛期も、2006年以降の再建期も、彼は常にLBとしてピッチに立ち続けた。2001-02シーズンのCL制覇では、ジダンのボレーゴールをアシストしたのが他ならぬロベルト・カルロスだった。
2007年にマドリードを去るまでの11年間で、リーガ4回、CL3回、インターコンチネンタルカップ2回など数多くのタイトルを獲得した。彼が去った後、マドリードがLBの後継者問題に長く悩んだことが、その偉大さを証明している。