1997〜2016 | CL3連覇を達成した史上最多優勝FW
サミュエル・エトー——アフリカの誇りを背負った無敵のストライカー
CL優勝3回——この記録を持つフォワードは史上ほとんどいない。カメルーン出身のサミュエル・エトーは、バルセロナとインテルでそれぞれ制覇を達成し、「ビッグイヤー」が似合う選手としてストライカーの歴史に名を刻んだ。しかし彼が本当に伝えたかったのは、タイトル以上のメッセージだった。
レアルに見出されバルサで開花
サミュエル・エトーは1981年、カメルーンのンコン近郊に生まれた。10代でスペインに渡り、レアル・マドリードのカンテラ(育成組織)に入団。しかしトップチームへの道は開かれず、RCDマジョルカへのローン移籍を繰り返す中で力をつけていった。
2004年、フランク・ライカールト率いるバルセロナが彼を完全移籍で獲得した。当時のバルサにはロナウジーニョという絶対的スターがいたが、エトーはその脇でゴールを量産。2004-05シーズンにはリーガで25ゴールを挙げ、スペイン最優秀選手賞に輝いた。
特筆すべきはCLでの存在感だ。2006年の決勝アーセナル戦では、延長戦突入かと思われた直後の同点ゴールを含む活躍でバルサの優勝に貢献。グティは当時「エトーがいなければ、あの決勝はなかった」と語っている。
モウリーニョの「完璧な前線」として
2009年、ズラタン・イブラヒモビッチとの交換トレードでインテルに移籍したエトーを待っていたのは、ジョゼ・モウリーニョという革命的指揮官だった。モウリーニョはエトーをウィングフォワードとして起用し、スピードと守備力を最大限に活かした。
その年のインテルは歴史的な「トレブル(三冠)」を達成。CLではバルセロナを準決勝で撃破し、決勝でバイエルンを下して頂点に立った。エトーはこの大会でも決定的な仕事をこなし続けた。
同一選手がバルサとインテル双方でCL優勝——これはエトーが成し遂げるまで、ほとんど前例のない快挙だった。彼は「CLに最も縁のあるストライカー」として、この記録を永久に保持している。
差別と戦い続けた誇り
エトーはピッチ外でも闘い続けた選手だ。スペインでプレーしていた時代、彼はスタジアムで繰り返し人種差別的な野次を浴びせられた。そのたびに彼は屈せず、ピッチ上のパフォーマンスで答え続けた。
2006年のリーガ、エスパニョール戦での出来事は有名だ。スタンドから続く差別的な声に怒ったエトーは、試合を中断しようとした。当時のバルサ監督ライカールトと選手たちが制止し試合は続行されたが、その行動は世界中で報道され、スポーツにおける人種差別問題への関心を大きく高めた。
カメルーン代表としても2000年と2002年のアフリカネーションズカップで優勝し、2度の優勝を経験。アフリカを代表するストライカーとして、今もその名は語り継がれている。彼が示したのは、ゴールを奪う力だけでなく、不正義に抗う勇気だった。