1998年 | ジダン、デサイー、アンリが示した新しいフランスの形

ティエリ・アンリとフランス黄金世代——1998年W杯が生んだ「多様性の奇跡」

2026年7月約7分
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Hara Tech 編集部

欧州サッカー専門メディア「ultrasrei.com」編集部。プレミアリーグ・ラ・リーガ・セリエAを中心に、戦術・歴史・選手考察を発信。

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1998年7月12日、フランスはブラジルを3-0で下し、自国開催のW杯を初制覇した。この優勝を支えた選手たちは、アルジェリア系、カリブ海系、アフリカ系など多様な背景を持つ「多様性のフランス」の象徴だった。20歳のアンリも出場したこの大会は、フランスサッカー史の最も誇らしいページとして今も輝いている。

「黒・白・アラブ」——多様性の代表チーム

1998年のフランス代表は、その構成からして特別だった。ジネディーヌ・ジダン(アルジェリア系)、マルセル・デサイー(ガーナ系)、パトリック・ヴィエラ(セネガル系)、ティエリ・アンリ(グアドループ系)——ベストメンバーの多くが移民や海外出身の家庭を持っていた。

フランスのメディアはこのチームを「ブラン・ブール・ブール(黒・白・アラブ)」と表現した。フランス社会の多様性がそのままピッチに体現された、という意味だ。優勝後、パリ・シャンゼリゼには100万人以上が集まり、「チャンピオン・デュ・モンド(世界チャンピオン)」と叫んだ。

20歳だったアンリはこの大会で3ゴールを挙げ、大会の新星として注目を集めた。まだ荒削りだったが、そのスピードと得点への嗅覚は、次世代のフランスを担う存在として世界に認識させるには十分だった。

ジダンの2ゴールと「完璧な決勝」

決勝のブラジル戦、前半にジダンが2本のヘディングゴールを決め、後半にはエマニュエル・プティが3点目を加えて3-0の完勝。当時世界最高と目されたロナウド(ブラジル)は体調不良もあって精彩を欠いた。

ジダンの2ゴールはいずれもセットプレーから。決勝という最高の舞台で、チームの中心選手がきっちり仕事を果たす——この「頼れるスター」の存在が、フランスを単なる組織的なチームではなく、「勝てるチーム」に昇華させた。

フランスが世界一になった夜、パリの凱旋門のスクリーンにジダンの顔が映し出された。移民の子が国を救った英雄として讃えられる光景は、フランス社会にとっても象徴的な一夜だった。

黄金世代が残した遺産

1998年のW杯優勝メンバーは、2000年にはユーロも制覇し、史上初の「W杯・ユーロ連続制覇」を達成した。ジダン、アンリ、ヴィエラ、デサイー——この世代はフランスサッカー史上最も輝かしいグループとして語り継がれている。

2006年のW杯でも再びジダンを中心にアンリらが決勝に進出し、時代を超えた輝きを見せた(決勝でイタリアにPK負け)。

この世代が残したものは優勝カップだけではない。「多様性こそが強さになる」という証明を、フランスはピッチの上で世界に示した。1998年から20年以上が経った今も、その価値は失われていない。