「激しく、暴力的とも言える3年間」──モウリーニョとマドリーの愛憎史、そして13年越しの帰還
英紙『ジ・アスレティック』が伝えた。ジョゼ・モウリーニョ自身が「激しく、ほとんど暴力的」と表現した2010〜2013年のマドリー時代。その当事者が13年の時を経て再びベルナベウに戻ってきた。
✅2026年2月の「伏線」──ベンフィカ監督として古巣の地へ モウリーニョが13年ぶりにベルナベウに姿を現したのは今年2月25日、ベンフィカ監督としてCLノックアウトラウンドの第2レグに臨んだ時のことだ。第1レグ(リスボン)では抗議行為で退場処分を受け、試合後にはヴィニシウスへの差別的言動疑惑をめぐって世界的な注目を集めた。UEFAは4月にプレスティアンニに6試合の出場停止処分を科したが、理由は人種差別ではなく同性愛嫌悪的行為だった。
この一件についてモウリーニョはスペインのテレビ局クアトロのインタビューでこう語った。「答えは単純だ。プレスティアンニは私の選手だった。それだけだ。ヴィニシウスは今、私がどちらの側にいるかを分かっている。私が彼の味方であることも」。ヴィニシウス周辺の関係者によれば、両者は就任後の話し合いを経て良好な関係を築いているという。
✅「解任されずに去った数少ない監督のひとり」 2月の会見でモウリーニョ自身はこう述べていた。「私は解任されずにレアル・マドリードを去った数少ない監督の一人だ。去ると決めた時、会長は『困難な時期は終わった、良い時代が来る』と言った。その後マドリーが成し遂げたことは私に喜びしかもたらさなかった。称賛はそこにいた者たちのものだ」。
✅2010年夏の着任──インテル三冠王の勢いで モウリーニョは2010年夏、インテルの欧州三冠を達成した直後に世界で最も注目を集める監督としてマドリーへ着任した。ベルナベウでの就任会見でこう言い放った。「私がレアル・マドリードを指揮するために生まれたかどうかは分からない。でもサッカー監督として生まれたことは確かだ。大きな挑戦が好きだ」。
✅カンプ・ノウで0-5の大敗、それを権力拡大に利用 開幕から12試合で32ポイントを積み上げたが、2010年11月のクラシコでカンプ・ノウに乗り込み0-5の歴史的大敗。しかしこの屈辱をモウリーニョは巧みに利用し、元マドリー選手でクラブの「古き良き価値観」を体現するスポーツディレクター(SD)、ホルヘ・バルダーノを事実上排除することに成功した。また補強についての圧力も公言し「犬と狩りに行けば猫よりも多く獲れる」と、ベンゼマ以上のストライカー獲得を求める発言をした。
✅2011年CL準決勝──ペペ退場、メッシ2発、「陰謀論」会見 コパ・デル・レイでのクリスティアーノの決勝弾でバルセロナに勝利したものの、CL準決勝第1レグではペペが退場した直後にメッシに2得点を奪われ0-2の敗北。試合後にモウリーニョが開いた「陰謀論会見」は世界を震撼させた。「グアルディオラは2009年にスタンフォード・ブリッジでの疑惑判定に救われてCLを制した。今回また優勝するなら、それはベルナベウでの疑惑判定による優勝だ。そんな形で勝つのは恥ずかしいことだ」。UEFAは5万ユーロの罰金と5試合(後に3試合に減)の出場停止を科した。
✅スーペルコパでビラノバの目を突き刺す 2011年8月のスーペルコパ第2レグでは、終了間際の乱闘の中でモウリーニョがバルサの当時のアシスタントコーチ、ティト・ビラノバの目を指で突き刺す事件が起きた。謝罪を拒み、ビラノバを下品なあだ名で呼ぶなど物議を醸したが、強硬なマドリディスタはモウリーニョを支持し「モウ──お前の指が道を示してくれる」という横断幕がベルナベウに掲げられた。
✅カシージャス外し、ラモスとの対立 一方でキャプテンのカシージャスはバルサのシャビに電話し「義務と責任としてやった。私たちは間違いを犯していた」と語った。これをモウリーニョは裏切りとみなし、カシージャスをメンバーから外した。バルセロナに3-1で敗れた試合でスタジアムから自らへのブーイングが飛んだ際には「マドリディスモは理解するが、従わない。ジダンも、ロナウド(ブラジル)も、クリスティアーノも罵倒された。なぜ私だけが違うのか」と反論した。
✅2011-12シーズン:リーガ史上最多100ポイント、121ゴール しかし翌シーズン、マドリーはクラシコでクリスティアーノの決勝弾で2-1勝利。最終的にリーガ史上最多の100ポイント(バルセロナが翌年に並ぶ)と121ゴール(現在も破られず)という前人未踏の記録でリーガを制した。ただCL準決勝でバイエルンにPK戦で敗退し、モウリーニョはこの敗戦を利用してペレスからさらなる移籍市場の権限を勝ち取った。
✅「今は選手がいない」──2012-13シーズン、崩壊 3季目はセビージャに敗れた後に「今、私にはチームがない」と公言。クリスティアーノを含むポルトガル人選手さえも反旗を翻し、カシージャスとラモスはペレスに「彼か我々か」と直談判したと報じられた。ドルトムントにCL準決勝第1レグで1-4の大敗を喫した後、リーガのバリャドリード戦でゴールを決めたクリスティアーノがベンチに走り寄り、ポルトガル語で「失せろ」と言い放った。コパ・デル・レイ決勝ではアトレティコに敗れ、モウリーニョとクリスティアーノはともに退場。契約はまだ3年残っていたが、退任は誰の目にも明らかだった。
✅「困難な時期があったから、その後の黄金時代がある」 現在モウリーニョのコーチングスタッフに加わるケディラ(39歳)を含む当時の選手たちは、モウリーニョの激烈なアプローチがアンチェロッティやジダン時代の複数のCL制覇への基盤を作ったと証言する。アルベロアも「モウリーニョが勝者のメンタリティを植え付け、その後の黄金時代につながった」と公言している。
今シーズン、マドリーは土曜夜(日本時間・日曜4時30分)のエスパニョール戦でリーガ開幕を迎える。ベルナベウに帰還したモウリーニョは、すべての歴史を背負いながら新たな物語を刻もうとしている。