元レアル・マドリード監督ジダン、聖地スタッド・ド・フランスへ──「神に近い存在」を待ちわびるフランス
英国スポーツメディア『The Athletic』が伝えた。マドリーを率いてCLを3度制したジネディーヌ・ジダンが、フランス代表監督として初めてスタッド・ド・フランスに立つ。相手はイタリア。フランス中が、この「神に近い存在」を迎える瞬間を待ちわびているという。
✅ すり減ったジダンの「足形」
スタッド・ド・フランスの外には、ハリウッドの「ウォーク・オブ・フェーム」をまねた「Promenade des Célébrités」がある。1998年W杯優勝メンバーだけでなく、ウサイン・ボルト、メタリカ、ブラック・アイド・ピーズ、ジョニー・アリデイらの手形や足形が並ぶ。 その中に、ほかより目立ってすり減り、名前が読めなくなったパネルがある。VIP入口の正面にあるジダンの足形だ。 パネルの傷みぶりは、世代を超えてジダンがどれほど敬愛されているかを物語っている。アルジェリア移民の息子であるジダンは、多民族のチームを率いて28年前の夏を制した顔だった。凱旋門にその姿が映し出され、群衆は「ジダンを大統領に」と叫んだ。
✅ 「マドリーの後にやりたかったのは代表だけ」
ジダンが手にしたのは、大統領よりずっと自分に合った仕事だった。2021年5月に2度目のマドリー監督を退任して以来、ずっと望んでいたフランス代表監督の座だ。 その間、いくつもの大きなオファーがあったが、「マドリーの後にやりたかったのは代表だけだった」と先月語っている。 アウェーで2連勝した後、ジダンは金曜日、最高の栄光の舞台で、ネーションズリーグのイタリア戦に臨む。前日の会見では「大きな感動がある。明日、観客の前ではなおさらだ。1998年に仲間たちとここで成し遂げたこと、自国開催のW杯を、しかもブラジルを相手に制したことは夢だった。でも大事なのはこれから先のことだ」と語った。
✅ 最後の試合もイタリアだった
ジダンの代表通算108試合目、そして現役最後の試合も、イタリア戦だった。2006年W杯決勝。先制点を決めながら、延長戦でマルコ・マテラッツィに頭突きをして退場し、チームはPK戦で敗れた。考えうる最悪の幕切れだった。 「あの出来事を誇りには思っていない。でも前にも言ったように、あれも道のりの一部だ。偉大なことばかりはできない。人生では誰もが、決して褒められないことをしてきたと思う」 それから20年たっても、あの最後の場面がジダンへの敬意を損なうことはなかった。
✅ アンリ「サッカー界では神の域」
長年フランスサッカーを取材してきたパスカル・フェレ記者は、「ジダンへの情熱は大きい。まずジダンはフランスで最も人気のある人物だと思う。次に、マドリーの監督としてCLを3度制した。そして素晴らしい世代の選手たちを率いる。期待は大きい」と話す。 元チームメイトのティエリ・アンリは、テレビ局RMCでさらに踏み込んだ。「この国のサッカー界で、彼は神に近い存在だ。信仰を持つ人を傷つけるつもりはないが、僕らサッカー人にとって彼は神の領域にいる」
✅ 過熱する報道、そして懸念
報道の熱狂ぶりもすさまじい。招集メンバーの発表を木曜ではなく金曜にしただけで、「慣例を破った」「代表のリズムを変える意志」と持ち上げた報道もあった。同メディアは「少し行き過ぎではないか」とも書く。 ドイツでもクロップ監督の就任に期待が高まっているが、最近の失望が期待を抑えている。一方フランスでは、ジダンは成功をもたらすと広く信じられている。
✅ マドリーでの4年半で9つのタイトル
現役引退後の20年のうち、ジダンが監督を務めたのはわずか6年。カスティージャで1年半、そしてマドリーで2度(2016年1月〜2018年5月、2019年3月〜2021年)。マドリーでの計4年半で、リーガ2回、CL3回、UEFAスーパーカップ2回、クラブW杯2回を制した。 それでも、監督としての実力には今も疑問の声がある。CL3連覇の時期でさえ、戦術の枠組みより選手の直感と個の力に頼っているように見えることがあった。もっとも、重圧のかかる場面で選手に自信を持ってプレーさせることこそが、監督の仕事だとも言える。
✅ クラブでの成功は代表で通用するか
より正当な疑問は、クラブで成功した方法が代表でも通用するかどうかだ。 今夏のW杯にはアンチェロッティ、トゥヘル、ポチェッティーノ、ナーゲルスマンといった大物監督がそろったが、決勝に進んだのはスペインのデ・ラ・フエンテ監督とアルゼンチンのスカローニ監督。どちらも、連盟の育成年代の代表を長く指導し、代表サッカーの特性を深く理解していた監督だった。 ジダンのキャリアは正反対で、世界最大のクラブでの短い2度の指揮と、長いブランクだ。それでも本人は「5年間ぼんやりしていたわけではない。マドリーを率いていた頃より多くの試合を見た。フランス代表もたくさん見たし、大きな可能性がある」と話している。
✅ デシャン時代の後で
ジダンを5年待たせたのは、かつての代表キャプテン、ディディエ・デシャンだった。選手として103試合、監督として185試合。1904年以来の代表通算945試合の30%以上を監督として指揮した計算になる。 デシャンは主将として初のW杯優勝を、監督として20年後に2度目の優勝をもたらした。しかしフランスのファンの間には、長く居すぎたという感覚もあった。デシャンは実利的すぎる、構造を重視するあまり創造性を犠牲にしていると批判されてきた。 ユヴェントスとフランス代表で一緒にプレーした頃からはるかに想像力豊かだったジダンは、選手にもっと自由を与えると期待されている。負傷したエムバペに代わってイタリア戦で主将を務めるデンベレも、「監督は僕らに多くの自由を与えてくれる」と話している。
✅ 54歳の「ボール蹴り」
トルコ戦、ベルギー戦と1-0で2連勝したが、ジダン自身が認めるとおり、内容は安定していたものの華やかではなかった。 月曜日のブリュッセルでは、ジェレミー・ジャケ、ピエール・カルル、アンディ・ディウフ、ルーカス・ダ・クーニャ、マグネス・アクリウシュ、エステバン・ルポールを起用する実験的な布陣で臨み、終盤に途中出場のミカエル・オリーズが見事な個人技でゴールを決めて勝利した。 オリーズのゴール以上に話題になったのは、ジダンの喜び方だった。タッチライン沿いを駆け出し、たまたま足元にあったボールを興奮して蹴り飛ばした。「ごめん、ばかみたいに見えても蹴らずにはいられなかった」。54歳になっても、バロンドール受賞者でも、その本能は消えないらしい。
✅ 分断されたフランスの「結束の象徴」
フランスは1998年当時よりはるかに分断された国になった。それでもジダンは数少ない結束の象徴かもしれない。イタリア戦の8万枚のチケットは24時間で完売した。次の大会まで2年近くある10月の代表戦は、時に売るのが難しい。フランスサッカー連盟は「ジダン効果」を確信している。 フェレ記者は言う。「ジダンが代表のベンチでも同じ魔法を見せてくれることを願っている。国中がそれを待っているのだから」
※ジダン監督のもとで先発したマドリーのカマヴィンガについては「ジダン体制で初先発のカマヴィンガ、ベルギー戦で合格点」も伝えています。
