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AS2026年10月11日 20:05

レアル・マドリードの「陰と陽」──審判という闇とディオマンデという光、ベリンガムは「21世紀のピッリ」

スペイン紙『AS』の副編集長Tomás Roncero氏が、ビジャレアル戦(1-0)についてのコラムを掲載した。 タイトルは「El Yin y el ‘Yan’」。ディオマンデの決勝点を「光」、審判を「闇」になぞらえ、陰陽になぞらえて試合を振り返った。

✅ 黄金の勝ち点3

まず強調すべきは、この苦しい勝利でマドリーが手にした勝ち点3は、シーズン終了時にリーガ制覇を決めたとき、良い意味で思い出されるかもしれない「黄金の勝ち点3」だということだ。 サッカーの内容も、いつもの審判問題も含めて、すべてが再び取りこぼしにつながってもおかしくなかった。相手は好チームのビジャレアルだ。マルセリーノ監督時代(3位でシーズンを終えた)もそうだったし、イニゴ・ペレス監督のもとでも、攻撃の鋭さは落ちたものの好チームであることに変わりはない。 ヴィニシウスの退場ですべてが不利に傾いたが、モウリーニョ監督のチームは王者の誇りを見せ、ベルナベウの後押しも受けて、今夏にキャビア並みの値段で加入した選手の、初先発でのゴールを守り切った。

✅ 「陰」は審判、「陽」はディオマンデ

ディオマンデのプラチナのようなゴールで、マドリーはクラシコを2週間後に控え、首位を追い続けることができる。 このコートジボワール人の名前を使って言葉遊びができる。緊張、怒号、乱発されるイエローカード、髪を引っ張ってのレッドカード、そして全体的な騒動――。この夜の筋書きは「陰(Yin)と陽(Yang)」と題するのにぴったりだった。 道教の、互いに対立しつつ補い合い、常に動き続ける2つの力。暗い「陰」は審判に当てはめられる。審判は、ダービーでのスキャンダラスな「レッドなし」の判定から、すでに歪んでいた。 一方の「陽」は、輝き、光、天、強さ、エネルギーを意味する。ディオマンデの名前に合わせて、あえて「g」を外して「Yan」と書かせてもらう。 ディオマンデは先発という人生最大のチャンスをものにした。このゴールと、ヴィニシウスに科されるであろう処分(2試合の可能性)によって、セビージャ戦とバルサ戦で自らの価値を証明するチャンスを得るかもしれない。

✅ 「髪を引っ張るのが、あのタックルより重いのか」

ヴィニシウスの髪を引っ張ってのレッドカードは、避けられたものだった。ただ、競技規則第12条にある「過剰な力や残忍さ」はなかったし、サリバが一度も抗議しなかったことも目を引いた。 仮にレッドを受け入れるとしよう。それでも、あの髪の引っ張りは、クティがベリンガムの膝をスパイクで踏みつけたプレーや、イ・ガンインのバルベルデへの残忍なタックルよりも重いのだろうか。 ネグレイラ事件に判決が出るまで、この問題は解決しない。誰かが一歩踏み出して正義を実現するまで、CTA(審判技術委員会)には疑惑の影がつきまとうだろう。

✅ ベリンガムは「21世紀のピッリ」

10人になり、まだ多くの時間が残る中、バルベルデはかつての好調時のように右サイドを支配し、ベリンガムは試合を支配した。 ベリンガムは「21世紀のピッリ」だ。なんという働き、なんという運動量、なんという素晴らしい選手だろう。

✅ セルヒオ、君に捧ぐ

Roncero氏にとって、この日は簡単な一日ではなかった。朝早く、敬愛するセルヒオ・サレサ・ピタさんの訃報が届いたからだ。 セルヒオさんはサンタ・クルス・デ・テネリフェに住む43歳の熱狂的なマドリディスタで、長年、病と闘っていた。 残された時間が長くないと悟ったセルヒオさんは、7月に「子どもの頃からの夢だったベルナベウを訪れたい」と願い出た。そして、その願いはかなった。 屋根が閉じた巨大なスタンドを見たときには、感嘆の「おお!」が止まらなかった。ロッカールームではクルトワのロッカーに座り、ピッチに立ち、ベンチに座ると「Roncero、今日の僕はモウリーニョだ!」と言って感動の涙を流した。 シベーレス広場も訪れ、心はアトレティコのマドリード市長も、自ら出迎えてくれたという。 セルヒオさんはこの日、帰らぬ人となった。それでも天国から、心から愛したマドリーの勝利を祝っただろう。Roncero氏は「安らかに眠ってくれ、友よ」とコラムを締めくくった。

※本記事は、ASのTomás Roncero氏のコラム(意見記事)の内容を紹介したものです。

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