レアル・マドリードのモウリーニョ対「史上最高のバルセロナ」──3年間、17回の戦い 0-5から「なぜ?」、ビラノバへの指、クリスティアーノの「落ち着け」まで
スペイン紙『MARCA』が、モウリーニョ監督がグアルディオラ監督のバルセロナと戦った3年間を振り返った。
✅ 17回のクラシコ、5勝6分6敗
サッカーがこれほど塹壕のようだったことは、めったにない。
2010年11月から2013年3月まで、モウリーニョ監督とバルセロナは17回のクラシコを戦った。 その戦いは、ピッチの上だけでなく、記者会見場、UEFAのオフィス、そして互いを嫌うようになった両チームのファンの頭の中でも繰り広げられた。
相手は、今世紀でも最高のチームの一つ、グアルディオラ監督のバルセロナだった。 モウリーニョ監督は、そのチームを称賛しに来たのではない。 倒しに来たのであり、そのためには手を汚すこともいとわなかった。
✅ 序章は「カンプ・ノウのスプリンクラー」
序章を書いたのは、モウリーニョ監督自身だった。 数か月前、インテルを率いてCL準決勝でそのバルセロナを破り、カンプ・ノウのスプリンクラーの下を走って勝ち上がりを祝った。
それは、よく知る街への「あいさつ」だった。 モウリーニョ監督は90年代、ロブソン監督とファン・ハール監督の通訳兼アシスタントとしてバルセロナにいた。 『MARCA』は、かつての副官が、敵の提督になって戻ってきたと書いている。
✅ 第1幕:0-5の「マニータ」
第1幕は、強烈な一撃だった。
2010年11月29日、カンプ・ノウでの初めてのアウェー戦で、マドリーは0-5で敗れた。 キャリアで一度も5失点したことのなかったモウリーニョ監督は、記者会見に出て、逃げずにこう話した。
「とても消化しやすい敗戦だ。とても良いプレーをしたチームが報われ、とても悪いプレーをしたチームが罰せられた」
ピケは、手のひらを広げて「5本の指」を見せ、マドリーを見送った。 『MARCA』によると、モウリーニョ監督が敗戦をスポーツマンらしく受け入れたのは、これが最後だった。 そこから、武器を変えた。
✅ 2011年春、18日間で4回のクラシコ
2011年の春は、大きな転換点になった。 わずか18日間で、マドリーとバルセロナは4回対戦した。 リーガ、コパ・デル・レイ決勝、そしてCL準決勝の2試合だ。
マドリーは、メスタージャでのコパ決勝で、延長戦のクリスティアーノのヘディングで優勝した。 18年間続いたコパの無冠を終わらせるゴールだった。
しかし、サッカーはすぐに、言葉の撃ち合いに埋もれてしまった。 CLの前日会見で、うんざりしたグアルディオラ監督は、こう爆発した。
「この会見場では、彼がボスだ。王様だ。ピッチの外では、もう彼の勝ちだ。一瞬たりとも張り合いたくない」
世界で最もエレガントな監督の一人が、モウリーニョ監督に引きずり込まれた泥の中に降りてきた瞬間だった。
✅ 「なぜ? なぜ? なぜ?」
その後に、モウリーニョ監督のキャリアで最も有名な独白が生まれた。
ベルナベウでの第1戦に0-2で敗れ、ペペが退場し、モウリーニョ監督自身もスタンドに送られた。 試合後の会見で、モウリーニョ監督はこう繰り返した。
「なぜ? なぜ? なぜ?」
そして、審判の名前をブラックリストのように並べた後、毒のある言葉を残した。
「グアルディオラは素晴らしい監督だ。だが、私なら恥ずかしくて勝てないようなCLを勝ち取った」
UEFAは、モウリーニョ監督に5試合の出場停止処分を科した。 バルセロナはウェンブリーに進み、ビッグイヤーを掲げた。 モウリーニョ監督はスポーツの戦いには敗れたが、何年も芽を出し続ける「疑い」の種をまいた。
✅ ティト・ビラノバの目に指
2011年8月のスーペルコパでは、カンプ・ノウでの試合終了間際の乱闘で、ずっと付きまとうことになる場面が生まれた。 モウリーニョ監督が、相手ベンチに後ろから近づき、グアルディオラ監督のアシスタントだったティト・ビラノバ氏の目に指を突いたのだ。
後に問われたモウリーニョ監督は、それを否定しただけでなく、こう言って相手を侮辱した。
「ピト・ビラノバ? そのピトが誰なのか知らない」
ピケは、スペインの半分の思いをこうまとめた。 「モウリーニョはスペインのサッカーを壊している」
『MARCA』は、この「目に指」は単なる行為以上のもので、ブレーキを失ったライバル関係の象徴だったと書いている。
✅ クリスティアーノの「落ち着け」、勝ち点100のリーガ
それでも、泥の中から、サッカーも芽を出した。 2011-12シーズンには、この3年間で最も重要なクラシコがあった。
2012年4月21日、満員のカンプ・ノウ。 クリスティアーノがエジルからパスを受け、バルデスを破った。 そして、手のひらを下に向けて、9万人の観客を黙らせた。 「落ち着け」
この1-2の勝利で、マドリーは、あのバルセロナから唯一奪ったリーガ優勝へと進んだ。 勝ち点100の記録的な優勝で、バルセロナの覇権を終わらせた。
その6日後、疲れ果てたグアルディオラ監督は退任を発表した。 『MARCA』は、モウリーニョ監督は目的を果たしたと書いている。 巨人をすり減らし、巨人に「もう十分だ」と言わせたのだ。
✅ 第3幕:5試合負けなしで幕
第3幕は、ほろ苦い味の「贖罪」だった。
グアルディオラ監督が去り、ティト・ビラノバ氏もまもなくがんの治療のためにチームを離れることになった。 そして、ついに天秤はマドリーの側に傾いた。
モウリーニョ監督は2012年のスーペルコパを制した。 2013年には、コパ準決勝でカンプ・ノウで1-3の快勝を収め、バルセロナを破った。
モウリーニョ監督は、クラシコ5試合連続負けなしで、自身のシリーズを締めくくった。 5失点から始まった男は、自分を打ちのめした相手に教訓を与えて去っていった。
✅ 「今のクラシコの原点」
3年間の成績は5勝6分6敗。 ほぼ互角だが、その裏には全面戦争が隠れている。
『MARCA』は、それを数字だけで語るのは、その本質を裏切ることだと書いている。 モウリーニョ監督が変えたのはスコアだけではない。 クラシコのとらえ方そのものを変え、スペインのサッカーが立ち直るのに何年もかかった、心理戦の戦場にした。
モザイク、横断幕、審判への不信。 今のクラシコを理解したいなら、過去を振り返るといい。 あの17回の戦いに、そのほとんどすべての原点がある。
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